Adagio

ミオパチー的つぶやき〜Come for Treasure Dream
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先日の番組
先週の土曜日、NHKのETVワイド「ともに生きる」を観ました。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/wide/index.html

ミオパチ−のお仲間でも、すでに感想をUPされている方もいらっしゃいますね。
というか、出演なさっていた方もいらっしゃいました(^^)。

遅ればせながらココでもちょこっと、考えたことを書きたいと思います。
続きを読む >>
| Nori | エッセイ | 23:22 | comments(3) | trackbacks(0) |
病室とインターネット
皆さんが通われている病院で「入院中インターネットが使える」ところって有りますか?。

ちなみに私の罹りつけの受診科がある病棟は、関東大震災を乗り越えた建物。
そのうえ「高い檻付ベビーベッド」の小児科病室赤ちゃんですから、はなから期待すべくもありません…。

ケータイはもちろん、確かPCの使用自体がNGだったような(いずれにせよ持ち込めるよなノートPC持って無いんですけど…)。プリペイドカード式のテレビだけは備えつけてあります。

最近そこにお世話になったのは去年の夏の検査入院3、4日。
その前が3年前の正月に体調崩して1週間くらい。

ネットもケータイも私が大人になってから生まれた代物だから
究極を言えば「なくっちゃ生きてゆけない…」ことはないと思います。
物心ついた時から「あった」世代には「考えられない!」ことなんだろうけど。

美輪明宏さんが「孤独は人を賢者にする」と言われるように
情報やツールと隔絶された世界(時間)は、ある意味貴重かも。

そう思ってはみる私ですが、ここ数年でネットとの関係も大変深くなりました。
親でさえもケータイを持ちPCを駆使し、自分にメールを送ってくるように。

日々の生活でも、まともにPCへ向えない事は多いです(更新みりゃわかるって…)。
ただ「いつでもみんなと繋がる」という意識は、結構心理的な支えとなっているかも。
その意味では、もし長期入院になった時、今の自分はどう感じるかなと考えます。

確かに「それどころで無い」状態のときは、それどころではない。
でも体が辛い時も楽な時も「眠れない病院の夜」は長い(経験上)半月星。。。

マタニティクリニックや個人病院でない大病院は
実際どうなってるのかなって思い、事例を調べてみました。


犀潟病院(buffalo社の導入事例)
http://buffalo.jp/jirei/airconnect/30/index.html

旧国療病院では結構標準仕様なんでしょうか?。
ISDN時代からというのは早いですね。


北里大学病院
http://www.khp.kitasato-u.ac.jp/byoutou/n7f/Inet/%90V%93%8F%82VF%83C%83%93%83^%81[%83l%83b%83g%97%98%97p%88%C4%93%E0%82P%82O%82O%82P.pdf#search='%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%20%E6%8E%A5%E7%B6%9A%E7%92%B0%E5%A2%83%20%E7%97%85%E9%99%A2'

全てがデラックスです。宿泊料?も28.000〜とゴージャス…有料有料有料
私は普通部屋でいいです。大人しく寝ています。。。


大阪府済生会吹田病院のサービスで…
http://www.suita.saiseikai.or.jp/suitahp/index.htm

お見舞いのメール お届けいたします(病院が代行受信)というシステムと
 https://www.suita.saiseikai.or.jp/suitahp/nyuin/omimai-mail/index.htm

病室のテレビへメールを直送できるというシステムがあるらしい
 http://www.otegamimail.com/tegami/pc/login-mes.jsp?hid=H021

↓どうもこんなシステムみたい
テガミールテレビ
http://www.jato.co.jp/products/tegamir/

個人的に↑これいいなって思います。
PC持ってなくても(借りなくても)いいし
何より細かい設定も含めて
「無理してまで…」感を持たずに済みそう。
気が向いたらPCとも繋げるみたいだし。

あとは寝たままでも観れるディスプレイの工夫が必要。
「ベットライト」みたいに小型液晶画面が頭の上にくるといいですよね。

PCによる医療機器への影響は、調査によれば殆どないというけれど
病院側のコストはかかるだろうし、患者は治療に専念すべきという意見もある。

皆さんはどう考えます?。
| Nori | エッセイ | 11:48 | comments(4) | trackbacks(2) |
診療報酬改定問題を知って 2
兵庫医大教授・道免先生(リハビリ医学)によれば

■脳卒中等後遺症の場合、半年(180日)程度で機能回復する人は8割程度
■発症後すぐにリハビリが開始できない人も居る。

といいます。

脳血管疾患リハビリの日数上限は180日

起算は発症からのため、半年間の昏睡が続いたあとに意識が戻っても、リハビリ期間はない

以上 06.3.18 産経新聞記事 
http://www.bekkoame.ne.jp/~domen/sankeinews.html


このような専門的見解を知る限り、間違えなく切り捨てられる人が出てくることが分かります。

前記事で上げたような趣旨や対処があるとしても


数字で上限をつくること自体に問題があると言わざるを得ません。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

これまで私とリハビリの関わりは、それほど深くはありませんでした。
かかりつけ病院のリハビリテーション科にお世話になったのは2つの時期

1度目が小4で2か月入院したとき

●理学療法士さんに身体を預けてのストレッチ(アキレス腱伸ばしなど)
●砂袋のようなオモリを両足に巻き、ベッドに座った状態で太もも上げ下げなど。

2度目が数年前

●開口障害に対する超音波療法
●緊張した姿勢筋に対するマイクロ波照射

また、これからの話としては、数人居る担当医のうち、一部の先生方に呼吸リハビリの存在を教わり、受診を勧められています(介助者の手を借り、呼吸筋をほぐすそうです)。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

保険診療の日数上限設定は

治療の継続により状態の改善が期待できるかどうか

という観点から、相対的に判断した結果の数字なのでしょう。

ただ、一ミオパチー患者の視点から言わせてもらうと

病気は「治す(治る)モノ」というより

「付き合うモノ」

という意識があります。

改定の趣旨でもある「患者のQOLを守る」という観点からすれば

症状改善を促進するリハビリ
改善した状況を保つリハビリ

どちらも大切なものなのではないでしょうか。

ミオパチーにとっての対処もまさに

出来る限り現状を維持することがテーマ

切羽詰った患者さんの立場については
東大名誉教授の多田先生(ご自分も患者さん)の
「リハビリ中止は死の宣告」

を拝見すると、とても考えさせられます。

継続したリハビリを必要とする患者さんが見殺しにされるかも知れないという一方で、予防医学に重きを置き始めた介護保険施策の流れを垣間見ると、お年寄りに無理なリハビリを強要させる事にはならんかと、それこそ「老婆心」を起こしたり…

何かおかしい気がします。

まず「予算的数値目標ありき」という印象が否めません。

リハビリは特定の病気だけが対象のものではなく、老若男女、多くの方がお世話になる可能性が大きい治療だと思います。

私もお世話になるだろうリハビリ。他人事ではありません。

みなさんもご自分の事、ご家族の事に置き換えて、どうぞ考えてみてください。
↓↓↓
リハビリテーション診療報酬改定を考える会ホームページ
http://www.craseed.net/

上記サイト内でリハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動6月24日迄行っています。


「医師も驚く奇跡の回復」というフレーズを時折耳にします。

「いつ」それが訪れるかが分からない限り
「やって無駄なこと」など、誰も決められないのではないでしょうか?。
| Nori | エッセイ | 13:31 | comments(4) | trackbacks(0) |
診療報酬改定問題を知って 1
今回、お友達サイト経由で「診療報酬改定でリハビリ日数に制限が設けられた」という問題が有る事を、正直初めて知りました。

原則として発症から保険診療の打ち切りまで

(算定日数の上限)
呼吸器リハビリ     90日
心大血管リハビリ   150日
運動器リハビリ    150日 
脳血管疾患リハビリ 180日
  


まずは事実確認をと厚生労働省のHPへ。「検索窓」使っても埒あかず
とりあえず「報道発表資料」へ直行。「保険局」辿るもそれらしきもの無し。

「行政分野ごとの情報」→「医療保険」→「トピックス」にありました。

厚生労働省保険局長発の通知(06年3月6日付)
http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/03/dl/tp0314-1a01.pdf

42ページに渡る、重〜いpdfファイル。該当箇所は17〜18枚目付近と判明

なんの事はなく、あとで気付けば、リハビリテーション診療報酬改定を考える会ホームページ内に、直リンクが貼ってありました…(._.)。徒労。。。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

改定の経緯については

  社会保障審議会による基本方針とりまとめ(05.11)
  ↓
  06年度予算編成により改定率▲1.36%を決定
  ↓
  中央社会保険医療協議会(注.1)へ大臣が諮問(06.1)
  ↓
  大臣へ中医協が答申(06.2)
  ↓
  官報により告示(06.3)

という流れであったと、大まかに把握できました。


改定の趣旨についても

長期間に渡って効果が明らかでないリハビリが行われているという指摘がある

という観点から

■患者にとって分かりやすく・患者のQOLを高めて
■医療保険領域と介護保険領域の連携・効率化を深める(←私的解釈)

について考慮したもので

7ケースの除外規定を作ったり、1日の利用回数制限を緩和したということも

理解しました。


その上で、改めて考えをまとめてみようと思います。

(つづく)

(注.1)【中央社会保険医療協議会】
1950年に設置された厚生労働省の審議会で診療報酬や薬価など医療にかかわることについて審議される組織。構成員は、保険者・事業主からなる支払側委員8名、医師・歯科医師・薬剤師からなる診療側委員8名、公益を代表する委員4名からなる。
| Nori | エッセイ | 13:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
自主学習・3
しばわんこが動いた!!!
 
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

前回病状の評価と書きましたが、「病状そのもの」というより、それによって生じる不都合やリスクの評価と言った方が良いかもしれません。

ひきあいに出した呼吸障害という一病状も、様々な病気が元となり起こりうるものだし、その元となる病気自体、同じ病名でも様々です。

想定される○○の障害により、行えない事は何か
                   行えるが厳しい事は何か
                   リスクを伴う事は何か

本人にとって、よりベターな環境をつくるために、どれも無視できないポイント

一方で「行えるが厳しい事」であっても将来のために
「買ってでもすべき苦労かどうか?」という評価基準もあると思います。
今は辛いだろうが「本人のためになることなら」というもの。

知識や感受性を高める純粋な勉強はもちろん
集団生活における社会性を高める勉強
将来の自立へ向けた職能を高める勉強

これら全てを当たり前のように習得するのは、健康な子でも難しい。
どれも大事とはいえ、個々人(その親御さん)により捉え方もさまざま。

直接的な学校の話と離れますが(というか統合教育の話自体から脱線してるけど…)
いわゆる「病弱児」の範疇に近かった私の(我が家の)話。

もう20数年も経つから話せるのですが、私は俗に言う「お受験」に挑戦し、残念ながら結果はダメでした。努力が足りなかったのか、高望みし過ぎたか、今となっては?です。

父は会社員で、当時は営業職。「noriの就労は容易でなかろう」と身をもって感じていたようです。体力を武器に出来ない私を案じた父の選択。母は反対だったようです。
当時の親の歳に近づいた今「自分が親の立場だったら?」と考えます。

塾で倒れたりとか身体の問題もありましたが、何より私自身がイマイチその危機感がありませんでした(=自分の置かれている境遇を理解していなかった…)。

一方で父は、自営業に転身し、将来私の働き場を作っていく道も覚悟していたそうです。

親心と本人の幸せの重みが、いつどんな形で釣り合うかは分かりません。
私の場合、良い意味でも悪い意味でも結果的に親の期待や想像を裏切ってきました。

私は病弱児の立場しかイメージできないのですが、成人病と違い子供の慢性疾患は、成長と病状進行の度合いにより、成長が病気の進行に勝ったりもする訳で、前述した客観的評価に本人のポテンシャルが加わると想像がつかない。

選択肢(権)が用意されていることと同時に、たとえ子供の状況がどのように変わっても、スムーズにその「選択肢(=就学形態)}を変更できる仕組みが求められるのではないかと。それまで蓄積してきた知識や技術が無駄にならない形で「乗り換え可能」というか。

通学が厳しい状況のフォローとしても、在宅で「正式な履修」ができるシステムもあっていいはず。
「友達との交流=集団生活」の大切さをあえて横において言うと、日本独特な「お城に上がる」的な感じって変ですよね?。仕事でも「とにかく出社してタイムカード押して、時間内そこに座っていなければ」というのが最低のルールみたいな所。学校でもやはりそうで、授業中寝ていても「出席していればいい」みたいな。
私も高校3年間「徒歩丸々15分」かかる距離を通い続けましたよ。今考えると私にとっては往復でワンセットの「体育」でした…(←今は絶対無理)。

ブロードバンド環境もようやく浸透されつつある訳だし、民間でも「お茶の間留学」なんてやれる時代だから
「在宅オンデマンド授業」も夢ではないはず。

文部科学省は教育情報衛星通信ネットワーク「エル・ネット」というものを持っているみたいですが、私が見た印象だと、イマイチ宝の持ち腐れ的印象が…
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/elnet/

「NHKデジタル教材」というサイトも知りました。我が家も新年より「祝ブロードバンド」になったので、コンテンツを覗いてみました。年度またぎで準備中も多かったですが、私が小さかった頃には想像もできなかった代物。昨今ヤリダマにあげられるNHKですが存在は貴重かも。民間にしちゃイカンかも、と思っちゃいました。

http://www.nhk.or.jp/school/index.html

あとは技術とノウハウをどう活かすかですよね。
| Nori | エッセイ | 18:32 | comments(2) | trackbacks(0) |
自主学習・2 (学校)
前回、統合教育の話で終わりましたが、まずもってこの問題は非常にむずかしい。
ケースの数だけ答えがあると言えるかも知れません。根本的理念は思想に近い崇高なもので、実際には現実問題との擦り合わせが不可欠。

このエントリーは「私自身の学習メモ=頭の整理」と捉えてくだされば幸いです。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

前述したミオパチーつながりの方のサイトエントリーが心に留まったのは、「健康な子供として当たり前の動きに非力さを持つ子供が擦り減らす精神的疲労・負担…」という御自分の経験から発せられたクダリがあったからです。

私の場合それを実感として「思い知った」のは社会人になってからでしたが(鈍感だっただけか、仕方ないと思っていたからか)、果たして振り返ると自分の学生時代はどうであったろうかと。

欠席日数が多くはありましたが、普通学校に通い続けることができた私。

ただ、小学校低学年までは今以上に病弱で、すぐ風邪をひき熱を出したり胃腸を壊したり(自家中毒)、中耳炎。

登校するも体調不良。
→担任に付き添われ保健室→午後から復活
            →復活できず親がチャリで迎えにきて早退
             そのまま4、5日寝込んだり

なんて事が日常茶飯でした。

私は一人っ子で、母も専業主婦でしかも体力には自信がある方だったこと。
担任が母より年上(当時息子さんたちが成人なさっていた)で私にとっては「おばあちゃん」に近い存在だったこと(私の顔色を見て、おでこに手をあて「マズイ」と思うとすぐ家に連絡してくれるなど、とにかく頼もしい←母談)。

などの条件が揃い、私はその時期を無事に過ごせたのかも知れません。
病院では「我慢できてイイ子ね」と誉められた当時の私も、教室ではその我慢が裏目に出てしまうから、子育てベテランの「担任の目」は母代わりとなりました。

ただ、もしその後年齢を重ねても私の抵抗力が改善されないままだったら、運動能力とは別の面で厳しい状況になっていたのでは、と思います。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

前回エントリーの最後に、統合教育への是非論については
「選ぶ権利(普通か専門校か)とその選択肢の整備につきるのでは」

と書きましたが、まず整理しなければいけないのは「インクルージョン理念」自体への是非論と現実の流れ(=特別支援教育)に対する是非論を分けて考えなければややこしくなるということ(そう思うのは私だけか…)。
とにかく全体論が個々の事象を強制することがあってはならないと思うのです。

その意味でも2極ではなく、ボーダーラインの子供に対するフォローを含めた3極に

充分一般学級でやっていける状態であるにもかかわらず障害児学級に在級させらる子
見た目は一般学級でやっていけそうな状態でも様々な無理が生じている子

…達のための普通校+α的学校が、地域に1校ぐらいあっても良いのではないかと、ひとつ目の理想論が浮かびます。

しかし病状の客観的評価はむずかしい。万全のシステムなどありえませんが、判断材料として障害の想定は不可欠。

私は現在軽度の換気障害ですが、呼吸困難感なども客観的評価が難しいもののひとつです。
たとえ酸素飽和度の数値が同じでも、急性患者と慢性患者では感じ方も違うといいます。

ヒュ−・ジョ−ンズ分類(呼吸困難の程度を評価するための一つの基準)がその試みとして有名なようです。

(つづく)

余談ですが、私の通った学校にも特殊学級が1クラスありました。たしか複式学級(同クラスに多学年が混合)と呼ばれていた気がします。しかしクラスは途中で閉鎖、1人が普通学級に編入した以外、残る数人は養護学校へ転校されたのではないかと思います。
| Nori | エッセイ | 17:19 | comments(2) | trackbacks(0) |
自主学習 1
このところちょっぴり身体の変化に心の余裕が無く、更新できませんでした。
そんなここ数週間はネットを使い、ちょっぴりお勉強モード。

きっかけはミオパチーつながりのお友達サイトにあった「養護学校について考える」というエントリー。
↓↓↓
http://d.hatena.ne.jp/alqui/20060313

特別支援教育→私自身いつお世話になるかも知れない障害者自立支援法→祖父母がお世話になっている介護保険法の改正

正直わたくし、知らない事あり過ぎです冷や汗

様々な立場の文献を参考にするよう努めましたが、マスコミの論調が少ないのに驚きました。これだけの事が起ころうとしているのに、センセーショナルな話題を嬉々として取り上げるばかり。

懸案事項には手をつけず、「目玉」をつくって論点をぼやかす。

やっている事が国もマスコミも同じじゃないかと…。

私がテーマに出来るものではないと考えていましたが
無謀にも取り組んでみたいと思います。

問題意識をもった以上、分からないなりに声を発しなければ。

皆さんにも色々教えて頂きたいと思います。
続きを読む >>
| Nori | エッセイ | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
前説&向上委員会的Adagio
荒川静香の「イナバウアー」に名前をつけようという動きがある

とYAHOOニュースに出ていた。ブログでも話題と書いてある。

「荒川スペシャル」が候補だというが、何だか体操技みたいだ。

荒川とイナバウアーを合わせて「アラバウアー」とも

一級河川 「荒川」(ara river) みたいだ。

そこまでして名前を盛り込まなければいかんのか。

どうせなら跡形も無いぐらいに 「アラバー」 とか

雰囲気で 「モナムール」 とか

「出ました、荒川のモナムール!!」

???

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

これより、向上委員会的Adagio。

私がいじめというキーワードを持ち込んでしまった事で
話をややこしくさせてしまった気もするので

覚えたての言葉を使わせていただきます。

横レス失礼致します!。
(alquiさん情報→ウィキペディアにて確認済み)

付け焼刃もいいとこだ 冷や汗
続きを読む >>
| Nori | エッセイ | 16:43 | comments(2) | trackbacks(1) |
立場
過去記事へのコメントが相次いだので不思議に思っていたら、どうやら「鈴花ちゃん仮入園」の報道があったためらしいと分かりました。恥ずかしながら知りませんでした。

自分に迷いがある以上は、改めて記事にするのは控えようと決めていました。
でも考えてみれば、彼女の動向が報じられるたびに、こうして過去記事も注目されるのかと(検索でも上位にHITするみたいだし…)。

最近の記事に書いたような想いを経た上での、基本的な私の立場だけは述べておかなければと。

決断された鈴花ちゃんご家族の勇気に敬意を表します。
それぞれの現場に携われている当事者の方々には、頭が下がります。
多少のハンディを抱える身としては、彼女自身の幸せが何よりの願いです。

現状で無理が生じている諸問題(リスクも含め)に就いては、色々な角度から検証し、様々な立場の人々皆が考えていかなければならぬ課題だと感じています。その意味でもダンマリを決め込む前に、最後に書いておこうと思いました。

鈴花ちゃんのみならず、彼女に携わる周りの人々全てを、社会全体がサポートし続けていく流れでなければいけないのだな、と今回知った気がします。「鈴花ちゃん良かったね」と、現場に丸投げして終わりじゃなく。

無責任な言い方ですが、とにかく「一歩」を踏み出してみないと、結果は誰も分からない、と思います。
でも鈴花ちゃん。歩いてみて、それがどうしても険しい道だと感じたら、そう思ったときには、道は沢山あるからね。今、この時を笑って過ごせるといいですね。

*********************************************************************

同じ様な立場にも成ったことない人間が「無責任に生意気な事は語れない」と反省し、自分を戒めたけど、よ〜く考えてみると、ブログを開設し、皆に向かって何かを発言している事自体で、十分「生意気」してるんだよね。今でも自分を「あまり語る資格のない人間」だと思っているけど、もしこちらの想いを発信しなければ、意見をもらい「教わる事」もない訳だし。

悩んだ結果、少し開き直ろうと思いました。
| Nori | エッセイ | 15:54 | comments(2) | trackbacks(0) |
現時点での思考
障害者絡みの社会問題が重なり、親しくさせてもらっているサイトでもテーマになり始めている。私も前回のつたない記事で、具体的事例を挙げた。
論客たちの意見を反芻しながら、私も日々頭の中を整理している。

以前私は「障害者と健常者のボーダーに居る」と自分を例えたが、実に微妙な立場だと思っている。語弊を承知で言うと、自分のような程度で「私は障害者です」と自称するのはおこがましいという想いが常にあった。手帳も申請してはいない。確かに健常者の世界では、常に背伸びをし、息切れを起こしていた。しかし、健常者が自らの健康を省みぬほどに身体を張った「苦労」や「辛さ」については経験がない。周りの人には「病気がちのヤケに細い男」としか映っていないだろう(体力を求められぬ場に限っての話だが)。

私は両方の立場が少しづつ分かる気もするし、両方の立場とも全く分かっていない気もする。例えは悪いが、どちらの仲間にも認められない「イソップ童話のコウモリ」の心境だった。自分なりにどう開き直ったら良いかが判らない。年齢的に体力のピークが過ぎ、自らの環境が少しずつ変わり始めている今、このサイト運営は、自分をみつめる作業の一環となっている。

昨今の障害者絡みの社会問題について、責任論・感情論に踏み入らず、あえて引いた目で観てみると、見えてくるのが対決の構図。
強者VS弱者。視点を変えれば、当てはまる立場が入れ替わる。

責任逃れの行政や利益一辺倒の企業が「強者」として「一個人」に立ちはだかる。

という図式は分かり易い。一方で、

マスメディアや世論、一個人の代弁者となる団体などが、行政や企業を追い込む「強者」

となりうる場合もあろう。

追い込まれた行政・企業にしても、「トップ」は方針転換を表明すれば事が済むが、実際に対処を強いられる現場は継続した負担が続く。

しわ寄せを受けた人々が、原因を作った相手に対し、反感を抱いてしまうのも、分からないではない。

もうひとつの構図が多数決の論理。

多勢と無勢。正統な国家でさえ、数が少なきゃ、大陸の「一地域」と扱われてしまう道理だ。

この世の中、障害者の数が健常者より多かったら、少なくとも権利云々という議論は起きぬだろう。(その時点で健常者は只の「超人」と扱われるだろうが…)

私が以前の記事で「親しい者にも自分の病気を語らない」と書いたが、その理由は、絶望からではなく「分からなくて当然」と割り切っていたからだ。きっと想像つかないと思ったし、その事で、親身に考えてくれる人ほど苦しませてしまうとも思った。

多少私が人より客観的にものを観れるとすれば、それは同程度の些かな障害と引き換えに持ち得た「考える時間」に拠るものかも知れぬ。であるなら、自分の場合、達観的レベルはまだまだ低い。理解には、それ相当の時間が必要だ。病気をもつ当人でさえ一言で「こうです」とはなかなか言えない。普段考える必要のない人なら、なおさら答えが出せなくて当然。実際にはそれを考える余裕自体がないかも知れない。

無論これは、悲観論でもなければ、「体験者以外に分かるはずが無い」と勝手に決め付けている訳でもない。
立場を越えた個人のレベルさえ「人は元々なかなか分かり合えないもの」であるのが根本と思うのだ。一方で、時を重ねるにつれ、「言わずもがな」の関係にもなりえるのが人と人。

人は分かりやすさを求めるが、実際はそうでないから厄介だ。このブログでも病気の分類を分かりやすく解説するよう努めたつもりだが、最近その作業はあまり意味が無いことのように思えてきた。

「対立」からは答えが出ないのかな、という気が、今はしている。表面上は勝敗という形で、決着がついても、水面下では不協和音が消えないだろう。いじめの構図と同じだ。叫べば叫ぶほど誤解を生む様では悲しい。

粘り強い問題検証と相互理解。そして、それに要する長い長い時間が必要なのではないだろうか。

言葉にするのは簡単だが…。

(良い意味で)コウモリな立場の私こそ、新たな視点を探さねばいけないのかも知れない。

今の自分には直ぐに答えは出せないが。
| Nori | エッセイ | 22:59 | comments(2) | trackbacks(0) |
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ワルター・ワンダレイ, アービー・グリーン, ジョー・グリム, バッキー・ピザレリ, ボビー・ローゼンガーデン
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Solid State Survivor
Solid State Survivor (JUGEMレビュー »)
イエロー・マジック・オーケストラ
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からだ大冒険
からだ大冒険 (JUGEMレビュー »)
へつぎ りょう, すがの やすのり
ネマリンミオパチーで小学5年生の戸次吏鷹(へつぎ りょう)君著。人工呼吸器をつけながら、電子辞書を駆使しつつ、左手の人さし指だけでパソコンを打つ。物語の主人公は米国のサイエンス博士。博士は、物を小さくする薬「チイサクナール」と大きくする薬「オオキクナール」を発明。チイサクナールを自らにふりかけ、ごくごく小さくなった博士が、点滴と一緒に不治の病の患者の体に入り、病気を治すというストーリー。
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神経筋疾患の評価とマネジメントガイド
神経筋疾患の評価とマネジメントガイド (JUGEMレビュー »)
J.R. バック, John R. Bach, 大沢 真木子
神経筋疾患における非侵襲的呼吸療法の権威、ジョン・ロバート・バック先生の著、管理人の主治医でもある大澤真木子先生が監訳された本です。患者さんのQOL向上を第1に考えられた、神経筋疾患全般の管理マニュアルとなっています。この本に関わる先生方の熱意が伝わってきます。難しい用語についての解説集付です。
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Scene 映像音楽作品集 1992-2001
Scene 映像音楽作品集 1992-2001 (JUGEMレビュー »)
加古隆
3曲目のNHK『にんげんドキュメント』テーマ曲だった『黄昏のワルツ』、心震えます。
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全曲集
全曲集 (JUGEMレビュー »)
美輪明宏
記事にも書いた、美輪さんの全曲集です。ピアフの原語「愛の賛歌」は魂に響きます。
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カフェ・ブリュ
カフェ・ブリュ (JUGEMレビュー »)
ザ・スタイル・カウンシル
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3曲目のチルドレン・オブ・ザ・ナイト、格好良すぎます!。
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並立概念
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森広隆, 重実徹
ファンクなギターに、ソウルフルな高音ヴォイス。歌詞も「日本語」していて良い。3曲目のPebamaは、たまらなく痺れる。
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